2匹の愛犬の物語。
眠れないので書く。
俺と飼っていた2匹の犬の話。
俺は昔犬を2匹飼っていた。
1匹は犬というより動物といった感じで、人に媚びず、犬同士でも群れない、孤高の犬だった。
もう1匹はとにかくやる気のない甘えん坊な犬。
この子もある意味群れない犬だったかもしれない。散歩は意地でも嫌がるし、ご飯と睡眠が大好き。そして飼い主がとにかく大好き。
そして飼い主がどんなに忙しい状況であれ膝に座って寝て動かない。
最初は苛立ちもあるが、段々と心地よい諦めが襲ってくる。
1匹目の子は撫でるのにも一苦労。機嫌が悪いと噛みつかれるからだ。
それでも愛してやまない。愛さずにはいられない。
それほどに犬は愛おしいのだ。
犬は人の気持ちがわかる。これは本当だと思う。
学生の頃、悲しいことがあった時、廊下で一人で泣いてたら犬は近寄って慰めてくれた。
自分が笑顔の時、どこか彼らも楽しそうでウキウキしていた。
彼らはいつでも嫌が応にも俺の気持ちにリンクしている。
そう感じた時から、俺は彼らの前では暖かい優しい気持ちでいるよう心がけた。
すると彼らも同じような気持ちになるからだ。
気づいてみれば、自分も明るくなっていることに気づかされる。
彼らを想うことが、結局は俺のためにもなっていったのだ。
俺が学生の頃に、1匹目の犬が死んだ。
あんなに孤高の王みたいなあの子がみるみる痩せて、大好きなご飯もろくに食えなくなってくるあたりからなんとなく察していた。
でも他人の死とはまるで違う。ドキュメンタリーを見ている時とは比べ物にならない。
察してはいるけど、察したくない。
逃げちゃダメなんだけど逃げたくなる。
でもちゃんとこの子の最後に向き合っていたい。
いろんな感情が戦っていたのを覚えてる。
大好きなワンコの最後なのに、どうしても逃げ出したくなったら、ご飯をなかなか食べなかったり、部屋をうんちまみれにしてしまうところに、少しイラついてしまう自分がとにかく情けなかった。
当たり前だろ。
言葉は悪りぃが死にかけてるんだ。
お腹に力が入らないのなんて当たり前だ。
うんこだって出ちゃうよ。
食べたいけど喉を通らねんだろう。
そんな当たり前のことに、なかなか気づかない。
いや、気づいていたけど目を背けてたのかも。
そんな自分が嫌だった。
どんどん迫り来る愛犬の死期と、そんな愛犬を時折大事に思えない自分が怖かった。
そしてその時が来た。
俺は亡くなる瞬間に立ち会えなかった。
なんなら飲み会に出かけてた。
帰ってきて、動かない、冷たい愛犬を目の当たりにした。
大好きだった。
そんな愛犬がもう動いていないのだ。
死ぬってなんだろう。どこからが生きていてどこからが死なんだろう。
歩きたいのに起き上がれない彼を起こしてあげてる数日前まで彼は生きていて、少し動かないだけで今日は死んでるらしい。
まだ暖かいのに。
途方もなく泣いた。
俺普段あんまり涙出ないんだけど、本当に泣いた。
本当はすぐに火葬してあげたらするのが良いのかもしれないけど、その日は愛犬の亡骸と寄り添って寝た。
冷たかったけど暖かった。
そしてどれだけ俺の心の支えだったかを知った。大切な存在だった。
物心ついた頃から彼を飼っていて、俺が学生を卒業するくらいまでずっと生きていた。
俺はまだまだ未来ある年なのに彼は10数年間で死ぬ。
なんて不公平なんだろう。
俺は彼ほど誰かに希望を与えられたことがあるだろうか。
罪悪感にも近いものを感じたし、「これから悔いなく生きていこう」という決意は贖罪にも近いものがあった。
そしてつい去年。
2匹目のワンコも死んだ。
ご飯と睡眠と家族が大好きで、運動が嫌い。
まん丸い体が同じようにみるみる同じように細くなっていく。
1度経験したことがあるけど、慣れるものじゃない。
どうしても慣れられない。
でも、部屋をうんちまみれにされたり、なかなかご飯を食べなくても、根気よく、笑顔で掃除できるようになっていたし、うんちまみれになった時、ワンコの足が汚れないように靴下を自作で作ったりできるくらいにはなっていた。
全然効果なかったけど。笑
ごめんな、1匹目の愛犬。お前の時はそれができなくて。
犬は人の気持ちがわかるから、イラついてる俺の気持ちもわかってたんだろう。
そう想うと今も後悔が尽きないし、悔しさでいっぱいだ。
でもそんな貴重な経験をさせてくれたのも彼だし、とっても感謝している。
2匹目のワンコが死んだ時は朝だった。
ずっと具合が悪かったから、リビングで一緒に寄り添って寝ていたんだけど、朝起きたら既に無くなっていた。
朝方まで起きてて、6時に起きてまだ暖かったから、おそらく起きる数時間前に亡くなったんだろう。
また立ち会えなかった。
今も後悔が残ってるけど、24時間起きてるわけにもいかないし、なんだか死ぬのをこれ見よがしに待っているような感じもするから、これで良かったのかなとも思う。
ただ、同じ時間を過ごして、ご飯を食べて、寝る。
それだけでいいのだ。
2匹目がなくなった時も途方もなく泣いた。
一日中泣いたんじゃないかな。
もうなんでこんなに涙が出るんだってくらい。
てか普段どこにこんな溜まってんだよって。
正直、辛すぎて、なくなった時のインパクトが強すぎて、それ以降の火葬とか、お葬式とか、あんまり覚えてないんだよね。やったんだけど。
本当に人生で大切なことはあらかたワンちゃんが教えてくれた。
想いやりの気持ち。自分を好きであることが、自分を好きでいてくれる人を喜ばせることに繋がること。
見返りを求めない無償の愛。
そして死。
本当に人生って一回きりなんだなって。
犬だから人生じゃないな。
そう考えると人生って言い回しなんか傲慢だな、別に人間だけじゃないよな。命が一回なのは。
命が一回だということ。そして誰かを、なにかを愛することがとても素晴らしいこと。
自分の一度しかない命に、真剣に向き合っていかなくちゃなって思ったし、今でも思い出している。
週に一度は遺骨に線香をあげているのだけど、その度に思う。
彼らに顔向けできないような情けない人生は送りたくないなと。
天国があるなんて思ったことないけど、死後の世界がなんであれ、彼らが今日も彼ららしく、幸せな夢を見れていることを切に願う。