ANDO'S LABO

趣味を活字に起こす作業。https://twitter.com/zero_1234567 が著者です。

ゲームと金 を見て。eスポーツプロライセンス発行に思うこと。

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今日こういう番組をやっていた。

格闘ゲーム界でレジェンドの梅原大吾さんが主宰した座談会。

 

見ていて面白かったんだけど、結局見てる人は「なんでプロのライセンスを与えるか否かをぽっと出のお前らに決めらんなきゃいけないんだ」ってことなんだと思う。(ちなみに僕は格闘ゲーム業界にどっぷりはまってるわけでもなんでもない、1ゲーマー)

 

いろいろこねくり回して説明してるけど、この一言に詰まってると思う。

 

以下は俺の感想を乱雑にまとめたもの。

 

金が動かなければ文化は継続できない

別にゲームに限ったことでもない。どんな文化も、それが継続して、歴史を築いていくためには、多かれ少なかれ「金が動く」ことが必要になってくると思う。

 

多くの人が参加していて、多くの人の中で盛り上がりをみせているコンテンツがあるけど、一切金は動きません。

そんな状況でそのムーブメントが何年も続くケースっていうのはまれだと思うんですよね。

宗教でもスポーツでもなんでもそうだけど、なにかしら「集金システム」があって、その集金されたお金が、良くも悪くもぐるぐるその文化の中で動いている。

そういう下地がないと文化として成り立つのは難しいんじゃないかなぁと思うわけです。

 

今まで「ゲーム」という文化における金の動きは、ユーザーとメーカーの間で発生していたと思う。

メーカーはゲームを作る。ユーザーはそれを買う。金がメーカーに行く。集まった金でメーカはー新しいゲームを作る。またユーザーは買う。

そういう流れで金が動いてたからこそ、僕を含むみんなでゲームという文化を今日の今日まで推し進めることができたんだと思う。

 

その中で、技術の発展ももちろんあるんだろうけど、ユーザーがゲームを「楽しみすぎた」結果、あたらしい「ユーザーでもメーカーでもないなにか」が生まれてきた。

オンライン対戦環境のあるゲームはもちろん競技性を帯びてくるし、オフラインでも今日議題にあがったドラクエ3RTAみたいな、ユーザーが勝手にルールを設定してできた「競技」もできた。

それがどうやら「E-Sports」と呼ばれ始めたと。

 

個人的には、「E-Sports」はユーザーとメーカーの間にある概念だと思うんですよね。

そして、その新たに生まれ始めたEsportsという概念・組織が、ユーザー側に近いものなのか、メーカー側に近いものなのかっていうところに、今までゲームを愛していた人たちはセンシティブに気を揉んでいるのではないかと思います。

 

E-Sportsという言葉は、ブランディング戦略の一環だと思う

配信の中でハメコ氏が「E-Sportsという言葉を使う意味があるか?ゲームでいいじゃん」といっていて、確かになぁと思った。

個人的な結論としては、「ゲームとE-Sportsという言葉を使い分ける実質的な意味はないが、一般層の受け皿として、ブランディング戦略の一環として形式的に使い分ける意味はある」と思っている。

 

もともとゲームが好きな人間に、「昨日新しいゲームかったんだけどさぁ」といったとき、ゲーム好きな人間は何の違和感もなくその話に付き合える。

でも電車に揺られるブランド物をもった女性、頭の固い会社の重役、そういった「ゲームになじみがない人たち」に対してはどうか?

おそらく通用しないと思う。

 

「ゲーム?・・・はぁ・・・」となる。

 

別にゲームに対して、いやな印象をもっていなかったとしてもだ。

 

その時に、E-Sportsという言葉を使えば、仮にもスポーツって入ってるし、新しい感じがする。

昔からあるゲーム文化を言い換えただけなのに、さも新ムーブメントのような感じがする。

 

だからこそ、ゲームに馴染みのない層、もっといえば「今後E-Sportsが発展していくために遡及しなければならないターゲット層」のために作られた「造語」なのだと思う。

 

現にこのセクションの最初のハメコ氏の「ゲームでいいじゃん」という発言は、至極もっともなのだが、それをいってしまえば野球でもサッカーでも「ゲームでいいじゃん」となってしまう。

 

一般層の受け皿としての言葉なんだろうなぁと思った。

 

ただ協会の関係者の方の、説明力がやや不安だなぁと思った。

 

すれ違いはユーザー側の理屈か、メーカー側の理屈かが生み出す

中盤で、景品表示法に引っかからないためには、第三者からの資金提供か、選手個人の高パフォーマンスに対する報酬かのどちらかのやり方を取る必要があるという話が合った。

その際に、「ユーチューバーなどがゲーム大会に出て、演出をした際、別にプロライセンスを発行していなくても、労務報酬は受け取れる。同じ理論で、大会の参加者も、ライセンスがなくても報酬はもらえるのではないか」という質問があった。

 

それに対するメーカー側の答えとしては、「大会といっても千差万別、どういった趣旨のものかもわからないし人数の規模もわからない。例えば参加者10人の大会が開かれたとして、じゃあ10人全員と労務契約をしましょう、という行為はメーカー側として、会社としてリスクが大きい。コンプライアンスのクオリティを担保できない。であれば、どこからは労務契約を結んで報酬を出していい人なのか、というのをプロライセンスという形で線引きをした方がいいのでは」というものだった。

 

この回答は、ずっとあやふやな回答をつづけていた協会からの回答のなかで、初めてうなずけたような気がした。

 

やはり、ユーザーから見たらだれがどう見ても引っかかる。

「なんで勝手にプロとか決められなきゃいけないんだよ」

「プロ認定されなかったら不都合が生じるんじゃないの?」

みたいな。

とてもよくわかる。

 

ただ先ほど言った通り、おそらくE-Sportsは、ユーザーとメーカーの中間にあるはずだ。

そこに第三者以外のメーカーが当事者として潤沢な資金を投入するには、プロライセンスの発行という論理は必要なものだったのだろう。

法律を変えればいいという話もあるのかもしれないが、それは時間的なコストもかかるだろうし、このE-Sportsの流れに乗ったまま、規模を拡大するためには必要な制度だったのかもしれないと思った。

いってしまえば「報酬をあげていいかどうかライセンス」だ。

 

いったんこの辺で。あとから追加あるかもしれませんが、駄文見ていただいた方ありがたや~